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https://scholarbank.nus.edu.sg/handle/10635/171907
DC Field | Value | |
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dc.title | Karaoke kissa ni okeru enka/kayoukyoku no juyou: Koureisha no ongaku jissen kara kangaeru "sengo nihon" (The Reception of “Enka/Kayokyoku” at Karaoke Kissas: Thinking About “Post-war Japan” through Senior Musical Engagements) | |
dc.contributor.author | Tong Koon Fung | |
dc.date.accessioned | 2020-08-05T03:55:44Z | |
dc.date.available | 2020-08-05T03:55:44Z | |
dc.date.issued | 2020-12-30 | |
dc.identifier.citation | Tong Koon Fung (2020-12-30). Karaoke kissa ni okeru enka/kayoukyoku no juyou: Koureisha no ongaku jissen kara kangaeru "sengo nihon" (The Reception of “Enka/Kayokyoku” at Karaoke Kissas: Thinking About “Post-war Japan” through Senior Musical Engagements). Nyuumon popyuraa ongaku no bunkashi: "Sengo nihon" o yominaosu. ScholarBank@NUS Repository. | |
dc.identifier.uri | https://scholarbank.nus.edu.sg/handle/10635/171907 | |
dc.description.abstract | カラオケ喫茶とは、個室環境でカラオケを行うカラオケボックスと異なり、お客さん全員の前で歌うことが主な特徴の場所である。ここに来る客層の殆どは六十歳から八十歳までの中高齢者の常連客であり、歌われる楽曲は主に演歌や歌謡曲とポピュラー音楽業界から分類されるものである。本論文では、カラオケ喫茶での演歌・歌謡曲の音楽実践における言動の分析を通し、常連客たちがいかに流された曲とそのカラオケビデオに反応し、自分たちが生きてきた視点から「戦後日本」について語るかを検討する。 Davis (1979)が提唱する「純粋なノスタルジア」(simple nostalgia) と「回帰的なノスタルジア」(reflexive nostalgia)の概念を、Small(1998)の「音楽する(音楽を実践する際に体験する行動の分析)」(musicking)と言う理論的な枠組みに基づいて参照しながら、2013年と2016年に行われたおよそ一年半のフィールドワークを通して常連客たちから得られた知見と、彼らのラーフコースの構造と、演歌・歌謡曲の楽曲における「古き良き日本」のイメージの比較的分析を行った。常連客たちの発言では、これまでの家族生活についての言及が特に多かったため、家族、労働、ジェンダーの構造と語り比較し、彼らがいかに戦後日本、及びその中での家族生活を回想するかに注目する。 この分析が明らかにしたのは、「音楽をする」(musicking)と言う視点から分析すると、Davis の提唱する二つのノスタルジアが、別々に存在するのでは無く、流動化しながら、より複雑な戦後日本と家族生活に関するイメージを形成している、と言うことである。カラオケ喫茶の常連客たちは音楽実践を通して、演歌・歌謡曲の楽曲の内容のように、「昔」は必ず「今」よりいい時代という二項対立で理解するのでは無く、歌ったり話し合ったりしている中で、ある側面では楽曲の内容におけるジェンダーイメージを「真似」して遊んだり、他の側面では楽曲の「カタ」のイメージと戦後社会史とは全く違うジェンダーや歴史的な意識を作り上げたりすることが分かった。つまり、カラオケ実践を通じて、彼らは自らの現在と過去の比較を可能にする視点を形成し独自の複雑な回想を形成した。 更に、方法論的な貢献として、こうした流動的かつ複雑な演歌・歌謡曲と戦後日本の理解が示唆したのは、聞き手の常連客がいかに音楽に意味合いを付けるかを理解するためには、「音楽する」主体の観点から、彼らが演歌・歌謡曲をいかに「体験」しているかを考察する作業が不可欠である、と言うことである。 | |
dc.language.iso | ja | |
dc.publisher | Minerva Shobo | |
dc.source | Elements | |
dc.type | Book Chapter | |
dc.date.updated | 2020-07-27T09:30:20Z | |
dc.contributor.department | ASIA RESEARCH INSTITUTE | |
dc.description.sourcetitle | Nyuumon popyuraa ongaku no bunkashi: "Sengo nihon" o yominaosu | |
dc.description.place | Kyoto | |
dc.published.state | Published | |
Appears in Collections: | Staff Publications Elements |
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トン カラオケ喫茶における演歌歌謡曲の受容高齢者の音楽実践から考える戦後日本 原稿.pdf | Accepted version | 448.73 kB | Adobe PDF | CLOSED | Post-print |
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